テレビCMの費用対効果

id:nminoru:20060107:p1 の後に同じようなネタが続き、今度は日経BPにこんな記事が載っている。


「民放」とは、いうまでもなく「民間放送」の略称で、公共放送NHKとの併存体制をとっている日本独自の呼び方だ。これは、カネ儲けという目的だけが全面に出るのはいかがなものかという配慮に基づく形式的な呼び方であって、実態や機能に注目するならば「商業放送」または「広告放送」と呼んだほうがよい。諸外国でもそのように呼ばれている。
つまりは、放送時にCM(=commercial message。宣伝。広告。とくにテレビやラジオなど電波広告用の宣伝広告文案)を流し、スポンサーからおカネをもらって、それを放送局の運営費や番組の制作費にあてる放送。もっと短くいえば、視聴者からはおカネをもらわない無料放送。──それが「民放」と呼ばれる商業放送・広告放送である。
ところが、まさに民放の根幹を支えるものというべきテレビCMが、ある分野においてはあまり「効かない」らしいということが、次第に明らかになってきたのだ。
記事の後にトヨタの北米の宣伝戦略などの例が続く。

個人的にはテレビCMがあまり「効かない」らしいということが、次第に明らかになってきたという論調に違和感を感じる。TV 自体の影響量の低下もあるだろうが、これまで企業が費用対効果ははっきりしないけどなんとなく TV CM を出していた。それがインターネット広告のように広告効果を正確に分析できる宣伝メディアが登場することで、じゃあ古い宣伝メディアの費用対効果はどうなの?と問い直され回答できないのが不調の原因ではなかろうか。

なぜかというとテレビCMが「効かない」ことは、最近分かったことではなくて、もっと昔から分かっていたはずだ。例えばロルフ=デーゲンの フロイト先生のウソ (文春文庫) には下の引用のような記述がある*1。ちょっと長いが引用してみる。


広告の効果を客観的に測定するには、いわゆる「計量経済学(エコノメトリックス)」的なアプローチが最も優れている、とマンハイム大学の経済心理学者ハンス・マイヤーが『広告心理学』のなかで述べている。計量経済学的手法とは、特定の市場および製品全体の広告費と販売数から費用対効果を割り出すというものである。マクガイア*2によれば、このような方法による算定結果は心理学的・社会学的な手法による研究結果よりもずっと精度が高いという。したがって、その重要性も特に高いはずである。

計量経済学的手法を用いた調査の数々を概観して、マイヤーはこう結論づけている。「際立った効果はない、あるいはせいぜい中程度の効果しかない、という結果が大半である。際立った効果がある、あるいは少なくとも場合によっては際立った効果がある、という結果が出たものはごくわずかである。広告費は収益を予測するための要素としてはまったく不適合であることが判明した」
マクガイアも同じことを述べている。「特定の商品に投じられた広告費とそのシェアとの関係は、一般的にきわめて不釣合いである」
彼によれば、最近アメリカ広告代理店協会の依頼でおこなわれたマーケットリサーチでさえ、同様の結論に達したという。個々の商品ではなく、一つの業界全体の広告に関しても、その効果は同様に低い。たとえば、タバコ産業が広告費をつぎ込んでも、公共機関が禁煙キャンペーンをおこなっても、タバコの販売量に計測可能な変化は見られない。しかも、価格変更による売り上げの変化も捉えるほど精度の高い統計手法が用いられている場合でさえそうなのである。
「あるブランドの広告を流したからといって、消費者がなじみのブランドを捨ててそれに飛びつくわけではない」とコブレンツ大学のコミュニケーション心理学者ウーリ・グライヒとヨー・グレーベルは言う。「スポットCMの放映と売り上げのあいだには直接的関係はほとんど見いだせいない。それは新発売の商品(通例さまざまなキャンペーンを伴う)のCMにも言えるが、既存商品のCMについてはなおさらである」
広告に費やされる金額(旧西独地域だけでも、年間500億マルク)を知ると、こうした事実は一層驚きである。他の販売促進措置(特に値下げ)と比較すると、広告はほとんどどれと比較しても分が悪い。
「コマーシャル・コンタクト」が消費者の意識や行動にどのような影響を与えるかを調べた実験や調査でも、広告の効果を証明する結果は得られていない。アメリカ政府の要請で、市販薬の広告に関するきわめて入念な調査がおこなわれたことがある。加熱する市販薬のテレビCMによって国民の健康が損なわれるのではという懸念からこのような調査がおこなわれたのだが、結果は「CMによって生じる使用量の変動は、実際の使用量のせいぜい1%程度に過ぎない」というものだった。
タバコ会社がどのような趣向を凝らしてたCMを流しても喫煙者人口を増やせないのと同様に、健康保険組合が啓発キャンペーンを行ってタバコの害をいくら声高に説いても喫煙者を紫煙から遠ざけることはできない。タバコのパッケージの「健康のため吸いすぎに注意しましょう」の表示も、(一目で分かることだが)空虚な脅し文句に過ぎない。仮に警告表示が喫煙者の目に留まったとしても、フライブルク大学心理学研究所のユルゲン・バールトとユルゲン・ベンゲルも述べているように、それがいつか改心につながるチャンスはほとんどない。

*1:原著はドイツで2000年に刊行された

*2:William J. McGuire,イェール大学,The myth of massive media impact という本があるらしいが検索に引っかからず